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1975年ロバート・バトラー医学博士は、『老後はなぜ悲劇なのか?』(邦訳、メヂカルフレンド社)という書名の著書を出版して、表題の疑問を世に問うた。年齢差別主義の社会が老齢者にいかに負担を強いているかを、この本は詳しく紹介している。私は本書を、バトラー博士の質問に対する答えとして提出したいと思う。老化と長寿の重要性は日に日に増し、同時に老齢に対する誤解にまつわる危険も高まっている。やがて私たちは、未来に何が待っているのかを問い始めるだろう。(中略)
医師であることは、単に医療行為を行なえる資格を持っている、ということではないと私は考えるようになった。医学を学んだおかげで注意深く状況や人を観察する習性が身につき、さらに医療の範疇外にまでついつい目が向く。日々の観察を、現代の倫理規範に照らさずにはいられない。そして私は、人生のできごとに思いを巡らすようになった。生まれたばかりの女の子が人生最初の呼吸をするときに、腕に抱いた。百歳の老女が人生最後の呼吸をするときに、ベッドの傍らで見守った。臆病者、信心家、愚か者、勇者の素顔を、近くで垣間見てきた。(中略)
老化に関する書物に人は関心を示さない、とはよくいわれるが、人生と幸福に関わる事柄について人は常に知りたがっている。老化と長寿を取り巻く問題は、その部類に入るのではないか。老化に関わる問題は私たちの社会が直面する重大な危機でもあり、チャンスでもある。私たちは興奮すべき時代に生きているのだ。新しい老年期が、発見され、探検されるべく、すぐそこに近づいている。老齢者と老年期は、とかくそう思われがちな問題の源ではなく、答えを与えてくれるものだ。今もそうだし、今までもずっとそうだった。長寿は、偏見と恐怖という枷(かせ)から解き放たれようとしている。そして世界を救ってくれるだろう。
2004年春 ニューヨーク州シャーバーン、サマーヒルにて
ウィリアム・H・トーマス医学博士
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